こんにちは、えりっちです。
黒柳徹子さん著書の「窓際のトットちゃん」
子供の頃に読んだ記憶があるのですが、トットちゃんが入学したトモエ学園が現在どうなっているのか気になってしまいました。
どこの場所にトモエ学園があったかのか?
学園出身の有名人や著名人なども併せて調べてみました。
トモエ学園があった場所は?
トモエ学園は東京都目黒区自由が丘にありました。
今では自由が丘というとおしゃれなお店がたくさんあってカフェや美容室など有名なところが多いですよね。
1928年にはトモエ学園のもとになる「自由が丘学園」という名前で創立されました。
この学園の名前である「自由が丘」がのちに地域の名称となったということで、当時は街全体がまだ拓けてなかったと想像できますね。
創立当時は幼稚園と小学校、中学校がありましたが、1936年には創立者の手塚岸衛氏が亡くなったことで中学校だけ自由ヶ丘学園中学校として運営されることになります。
こちらは現在の学校名は自由ヶ丘学園高等学校として東京都目黒区自由が丘2丁目21番に現存しています。
1937年には幼稚園と小学校の名称を自由が丘学園からトモエ学園に変更されています。
ここからトモエ学園という名前になったんですね。
当時、トモエ学園のあった場所は東京都目黒区自由が丘2丁目15番です。
リトミックによる創造教育を掲げてお子さんたちの個性を重視してそこを伸ばしていくという独自の教育でした。
今はこんな変わった楽器があるんですね~
黒柳徹子さんの著書の中でも触れていましたが、公立小学校に入学したのちにトットちゃん(黒柳徹子さんのあだ名)は学校に馴染めず実質退学処分になってしまいます。
いくら昔でも公立小学校で「退学です」と言われたのかは不明ですが、以前にトーク番組で徹子さん自身が「学校からもう来ないでくだい」という主旨のことを言われた。とおっしゃっていました。
あまりに自由過ぎて先生の手に負えなかった。という感じですね。
トモエ学園の現在はどうなっている?
今でもトモエ学園が残っているのか気になったので調べてみました。
残念なことに1945年に東京大空襲で校舎は焼失してしまい、のちに幼稚園だけ再建したそうですが、小学校は廃校になりました。
その幼稚園もトモエ学園の名称になってから運営していた小林宗作氏が亡くなったことで1963年に休園となり15年後には正式に廃園となりました。
今の時代だったら、子供たちの個性を大切に育てていく教育現場も多くなりましたが、当時では珍しいことだったでしょうね。
トモエ学園が廃園になった跡地にはピーコック自由が丘店になっているそうです。
⇒安曇野にトモエ学園が再現されていた!トットちゃん広場への行き方!
⇒「トットちゃん!」1話から全話無料で試聴できます!徹子さんの恋のエピソードも!
トモエ学園を卒業した有名人や著名人
トモエ学園と言えば黒柳徹子さんの名前が真っ先に出てきますが、他にも有名人や著名人のかたが在園していました。
そちらも調べてみたのでご紹介しますね。
女優の津島恵子さん、池内淳子さん、物理学者の山内泰二さんもトモエ学園の出身者です。
池内淳子さんは幼稚園の時にトモエ学園に通っていました。
山内泰二さんは黒柳徹子さんと同級生だったということで「窓際のトットちゃん」にも登場しています。
同級生に博士号を取得している物理学者がいるなんて凄いですね。
改めて感受性の強い幼少期に才能を伸ばす教育をすることがいかに大事かということを考えさせられますね。
黒柳徹子さんの幼少期のエピソードでも、一般的な枠からはみ出るからその子には何も才能がないのか?と判断されたら今の徹子さんはいないですよね。
子供を認めて育てることでどんどん才能が開花されるのかもしれませんね。
昔は手探りだった子育ても現代では子供の潜在能力の遺伝子を検査できるんですね。