「笑ってコラえて」の「ちょっと昔の旅」で選ばれた小野節子さんの家系が凄かった!
毎回、このコーナー楽しみです。
今回は 1992年1月20日「コスモポリタン」の記事から選出された小野節子さん(当時50歳)です。
小野節子
夫 ピエロ・グライェーゼスさん(ジョンズ・ホプキンス大学院名誉教授)
現在はワシントンDCにお住まい
家系の面々をみても凄いことになっています。
親: 小野 英輔( 東京銀行NY支店長 )
姉: オノ・ヨーコ
祖父: 小野英二郎( 元日本興業銀行総裁 )
姪: キョーコ・チャン・コックス
甥: ショーン・レノン
いとこ: 加瀬 英明・石井茂雄(画家)
曾祖父は安田財閥創立者の安田善治郎氏
叔父: 安田岩次郎氏 (画家) 安田周三郎氏 (彫刻家)
伯母:小野アンナ(バイオリニスト)
8歳年上の姉、オノ・ヨーコさん(小野洋子)が言わずと知れたジョン・レノンさんと結婚した世界で一番有名な日本人女性と言われています。
家系をみると、なぜか銀行家と芸術家が多いですね。
そして、小野節子さんはその両方を得る人生を歩んでいます。
これも不思議な感じですね。
世界銀行から彫刻家へ
小さいころから英語を習い、お父様の口癖は「世界に貢献できるような女性になって欲しい」と言われていたそうです。
世界銀行、初めて聞きました。
「銀行家」と一口に言っても、海外の銀行となるとかなりハードルが高いですね。
聖心女学院を卒業してから スイス・ジュネーブ大学で博士号をとり、名家のお嬢様と言った感じですよね。
ご主人と結婚してワシントンDCに移り住んでから就職先を探して、目に留まったのが「世界銀行」だったそうです。
なんと、面接で「世銀というのはなってない」と批判して帰っていたら合格したそうです。(^-^;
就職した世界銀行では担当はモーリタニア。
アフリカへ行ってからも仕事を軌道に乗せるのは大変で、それまでの生活とは比べものにならないような一面の砂漠で途方にくれたそうです。
そこで、開発し銀行から投資できるような事業を立ち上げるために奔走したというから凄いバイタリティです。
この世界銀行を辞めたあとに、転職先が米州開発銀行の業務局次長。
米州?と全然ちんぷんかんです。
中南米の開発に融資する銀行だそうです。
節子さんは、そこに50歳で入行してから、それまで話せなかったスペイン語を猛勉強で1か月で習得したそうです。
人って、その年齢になっても語学を短時間で習得できるんですね。
凄い!の一言です。
退職後の現在では、彫刻家として作品を制作しています。
やはり芸術の血も流れているんですね。
現在、75歳の小野さんですが精力的に世界中を飛び回っているそうです。
お姿をみても、かなり!お若いです!
節子さんの人生をみると、こんなに濃く生きている人がいるんだな。と驚いてしまいます。
こんな風に歳を重ねた女性って素敵ですね。
小野節子さんの作品は、 群馬のハラ ミュージアム アークに常設しているそうなので、ぜひじっくりと見てみたいですね。
ハラミュージアムアーク
群馬県渋川市金井2855−1
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