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黒柳朝の実家や父親の家系が凄い!経歴や海外生活についても!

2017/11/16

こんにちは、えりっちです。

ドラマ「トットちゃん」に出てくる黒柳徹子さんのお母さん、黒柳朝(くろやなぎちょう)さんの実家や両親、経歴など興味がわいたので調べてみることにしました。

なんと、晩年にはカルフォルニアに移住して暮らしていたこともあるそうで波乱万丈の人生でした。

 

まずは、黒柳朝さんのプロフィールからどうぞ。

 


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黒柳朝

 

くろやなぎちょう

生年月日 1910年9月6日
没年月日 2006年8月16日
没年齢 95歳
出身地 北海道

職業 随筆家

1927年 東京音楽大学声楽科入学

 

黒柳朝さんのお名前って最初は「あさ」さんと読むのかな?と思ったのですが、まさかの「ちょう」さんでお名前の読み方としては珍しいですね。

明治生まれの女性が東京の大学へ進学することって当時はかなり珍しいことだったでしょうね。

それには黒柳朝(旧姓:門山朝)さんの実家が由緒ある家柄だということが言えます。

 

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黒柳朝さんの実家や父母

 

黒柳朝さんの出身地は北海道空知郡滝川村です。

今でこそ滝川市になっていますが、昔は無医村で周りは農家をやっている地域です。

その医師もいない場所へ病院を開院するために移り住んだのが朝さんのお父さんである門山周通(かどやましゅうつう)さんです。

昔のお医者さんは周りから神様のように言われていました。

誰でもなれる職業ではなかったでしょうし、地域の方々に尊敬される存在でした。

朝さんのお父さんの家系の門山家は松山藩の家臣をやっていたそうで、周通さんのお父さんも医師をやっていました。

代々医師の家系だったんですね。

その由緒ある家系のためか長女として生まれた朝さんには医師の婿をとる予定だったようです。

ただ、いつの時代も親の思い通りの結婚とはいかず、娘の朝さんは東京で出会った黒柳守綱さんと親の反対を押し切って結婚することになります。

 

滝川市には「チョッちゃん・アンティーク・コレクション」として黒柳朝さんのコレクションが寄贈されて公開されていましたが、現在では閉館しています。

滝川市のイベントなどで短期の公開をしているので次の公開情報は滝川市役所のHPをチェックしてみてくださいね。


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黒柳朝さんの経歴

 

黒柳朝さんが生まれてからお母さんの三好さんが仙台にある女学校へ再入学するということで一時期仙台に住んでいたことがあります。

その時に岩見沢高等女学校に進学した朝さんは寄宿舎生活をすることになります。

岩見沢高等女学校は、朝さんが生まれて住んでいた滝川村から50kmほど離れた町にあって故郷の学校を選んだのかもしれませんね。

その後、音楽の勉強をするために上京して東京音楽大学声楽科に入学することになります。

それが昭和2年の時ですから女性が地方から大学へ進学するのはかなり珍しかったことです。

昔は女性は勉学よりも花嫁修業をすることがよしとされていたのを考えると、朝さんのご両親は女性の進学に理解があったんですね。

 

黒柳朝さんの家族

 

医師であった父親の門山周通と母の三好の間に長女として生まれた朝さんですが、弟がひとりいて門山修二さんと言います。

弟さんは医師の道を選ばなかったのでお父さんの医院を継ぐ子供はいませんでした。

黒柳守綱さんと結婚したのちに、長女の徹子、長男の明児、次男の紀明、次女の眞里、三男の貴之と三男二女の子供をもうけますが、長男の明児は幼少期に敗血症になって亡くなっています。

 

黒柳朝さんの書籍すごい高騰しています(汗)

【中古】チョッちゃんが行くわよ (角川文庫)

 

黒柳朝さんの晩年

 

ご主人の守綱さんは戦争で出征しましたが、終戦後無事に家族のもとに帰ってくることが出来ました。

黒柳朝さんが73歳の時に旦那さんの守綱さんが亡くなり、その後はアメリカで講演活動をするなど精力的に老後を過ごしています。

一時期、カルフォルニアに住んでいたこともあるという経歴をお持ちです。

高齢になってアメリカに住むなんてかなりアクティブですよね。

95歳になって娘の徹子さんが「100歳になったらママにインタビューをして本にしたい。」といったときに「すぐにやったほうがいいわよ」と朝さんの意見でインタビューしたところ、インタビューを終えた数か月後に朝さんは95歳でなくなりました。

その最後の書籍が「チョッちゃんは、もうじき100歳」です。

徹子さんもこのインタビューで初めて知ったこともあったということで母娘にとってとても良い時間だったんですね。

 


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